supported by 河野和代(フェミニストカウンセラー)
■セクハラの定義
YUKO:
もう訊かれ飽きているとは思うのですけど(笑)、セクハラの定義を教えてください。
河野:
セクハラは、セクシュアルハラスメント。性的嫌がらせと訳されることが多いです。そして、この「嫌がらせ」というのがくせ者で、強制猥褻などを「いたずら」というのと同じように、この性的嫌がらせも性的脅迫に近いものであると解釈するのが良いでしょう。
YUKO:
その性的脅迫に関してですが、何を不快と思い、どこまでを許す、と感じられるかは個々で違うじゃないですか。それを見定めるのは通常の男女関係においてもなかなか難しいですよね。欧米では、既に「セクハラは労働の生産性を妨げる」ものとしてだいぶ厳しく規制されるようになってきていますが、なぜ、日本はこれだけセクハラという言葉が一般化しているにも関わらず、なかなかこういった改革が進みにくいのでしょうか?
河野:
ハラスメントという言葉そのものの曖昧さもありますが、セクハラの定義の解りにくさは、日本における「セクシュアル」な事柄に対しての人権擁護意識の希薄さが非常に影響しています。例えば、「職場でおばさんと呼ばれる」のもセクハラで「上司に繰り返し性行為を強制される」のもセクハラです。この被害の濃淡の大きさが、セクハラの解りにくさを大きくしているとよく感じます。
■セクハラと社内恋愛の違い
YUKO:
ラブハラスメント、という言葉も最近ではよく耳にするようになりましたが、、多くの人にとって、社内恋愛とセクハラ、不倫とセクハラの境、というのはなかなか分かりにくいと思うのですが、この辺の違いについてはいかがですか?
河野:
セクハラと社内恋愛の一番大きな違いは、性的自己決定があったかどうかです。ただし、これに関しては、普通の恋愛の中でどうやって性行為の合意を取っているかという文化的な問題も絡んできます。いろいろな申し出がある中で、性被害かどうかを判断するには、その人がその性的行為をしたかったか、したくなかったかということに尽きると思います。行為をした側がプライベートな関係だと思っていても、その行為を受けた側がセクハラだと訴えることはよくあることです。その対人関係の中で、力関係が存在する場合はなおさらです。(これは単に地位の上下ではなく、その人とのトラブルによって何かで不都合が生じるような関係を全て含みます)
■セクハラとパワハラの関係
YUKO:
つまり、たとえば上司と部下の関係である場合、上司から部下が何か言われてもなかなか断れないということは性的なこと以外でも多いですし、何を合意ととって、何を合意ととらないかは、加害者と被害者の間で大きな差があるということですよね。
河野:
うん、その通り。
河野:
セクハラの概念が導入されて大きく変化したのは、そこでしょうね。その場合に力の弱い方、地位が低い方、男性と女性であれば女性の方の意見を大事にしなければいけません
YUKO:
とはいえ、実際のところ、たとえば上司や取引先の男性からお酒に誘われて、「嬉しいのですが」「あいにくですが」「残念ですが」等々、あいまいな断り方をする女性のほうが、圧倒的に多いと思うんですよ。それを言われた側は「自分の誘いを不快と感じたのではなく、本当に忙しいのだろうな」と勘違いしてしつこくしつこく誘う、と言うケースもありがちだとは思うのですが。
河野:
そう言われて断られたにも関わらず、誘った側が誤解をするというのは完全にアウトです。だって、後々、公の場で争うことになった時に、なぜ曖昧にしか断れなかったかを被害者側が説明することができるでしょう?ただ、それをきちんと問われる場を(裁判などで)設定するかどうか、できるかどうかが大きな鍵となりますが。
■セクハラの要因
YUKO:
企業によっては、食事に行くには3人以上とか理由もないのに個別に食事に誘ってはいけないなど、ポリシーを設けているところもありますが。
河野:
ただね、大学なんかでも学生と二人きりになる時にはドアを閉めないようにとか、べからず集的なセクハラ対策をしているところもあるけど、それではなかなか解決しません。まず、一番の問題は女性の働きにくさです。また、大学などの環境を見てみても、同じようなことが言えます。性的な対象とされることと、違って扱われること。このふたつがセクハラの大きな要素です。
YUKO:
性的な対象とされる、ということは、具体的にどういうことですか?
河野:
元来、日本などでは男女がどう関わり合うかという事自体に大きな問題があります。個々で違う感覚や価値観、既成概念を学校や職場に持ち込んだところで何も問われない、という状況がずっと続いていました。そういった状況を打開するために、法律の文言として初めて制定されたのが、99年改正均等法(セクハラ自体の日本での認識は80年代後半だけど、法律の文言ではなかった)。それから、そういった問題の根源は、もっと親密な、たとえば夫婦間や交際中の男女間の関わり合いの中にあるのではないか?という議論の輪が徐々に広まっていき、それからようやく性被害やDVなどがやっと注目されるようになりました。つまりのところ、現時点では、被害者がようやく被害を口にできるようになったばかりで、そういった意味ではまだ途上なのですね。
■性行為の分別
河野:
もともと性行為そのものに、働きというか、意味の違いのようなものがあり、ほぼ五つの意味に分けることができるのですね。それが、生殖の性、快楽の性、親密さの性、暴力・支配の性、経済行為の性です。
YUKO:
経済行為の性、というのは具体的にどのようなことですか?
河野:
売買春、ポルノなど、価値判断は置いておいて、実際に性そのものがそのように扱われる場があるということです。前に上野千鶴子さんが、河合隼夫氏が「売春したら魂が汚れる」と言ったことに対して、「女性にとっては経済行為であり、性的な行為ではない。それなのに魂が汚れるというのは、それを性行為として行っている側でしょう?」という明快な反論がありました。この辺のことは、分けて考えなければわからなくなりますからね
YUKO:
日本では特にキャバクラやホステスクラブの「経済行為の性」が発展しているせいか、職場内でも(元来プライベートで楽しむべき)キャバクラ嬢に対する発言と同等の発言を、部下に対して行っている人達が依然として多いと思うのですけど、そういうことでしょうか?
和代 の発言 :
そうそう、その通り。
■国内と欧米の報酬システムの比較
YUKO :
そういう現状が多いのは、自分が雇用者だったり、上司だったりすると、「金を払ってやってるのは俺だ」という気になる人が多いからなのでしょうか?
河野 :
そうだと思います。ただ、私はそれって横領ではないかと思います。だって、会社で得ている権力や時間を使って、非常に個人的な自分の欲求を満たすわけでしょう?そうであるとするならば、元来、背任や横領とかに値するから、それが会社で問題になるはずだけど、そうではないのよね。そうなると、どこまでそういう認識があるのか、今度は何が普通かという問題にまた戻ってきます。
YUKO :
ああ、なんとなく見えてきましたね。たとえば欧米の企業などで働く場合は、契約するときに自分の仕事内容を事細かにチェックしますよね。それに見合った報酬を雇用主と労働者が交渉することになるので、契約書もやたら厚い。で、それ以外の仕事をしろと言われたら、「じゃあ、給料あげてください」と労働者側から申し立てすることも珍しくありません。
なので、たとえば「馬鹿野郎」と怒鳴られた場合やむやみやたらにセクハラ発言された場合、その論理を使うとするならば、「怒鳴られ賃」や「セクハラ賃」を追加請求しても良さそうなものですが(というより、その前に名誉毀損で訴えられたり、刑事告訴されるケースのほうが現実としては圧倒的に多いと思いますが)、なかなか日本ではそうはいきませんよね。
河野:
その通りですね。
YUKO の発言 :
その感覚の違いも、日本のセクハラ対策の遅れに影響しているのでしょうか?
■不倫とセクハラの違い
河野:
不倫とセクハラの違いですけど、例えば、一つの事例として、ある時期までは不倫をしていたのだけれど、上司が部下に振られて、部下に嫌がらせをして働きにくくさせたというケースも、立派なセクハラになるんですよ。
YUKO:
そういったケースはよく耳にします。大抵部下の方が根負けして会社を去ってしまう場合が多いと思いますが。
河野:
性行為については、一回ヤったらいつもヤっていいというのは大間違いです。
YUKO :
あと、例えば、上司がある部下と不倫することで、その周りにいる人間が仕事がしにくくなる心理状態に陥ることもよくあるじゃないですか。生理的に嫌、とか、許せないとか。そういった場合は、その二人の不倫関係は、「嫌だ」と感じた人間に対するセクハラ行為となるのでしょうか?
河野:
そのケースは難しいですね。もちろんそれは環境的な問題として出てくるのですけれど、その一方で、セクハラ禁止は不倫禁止ではないですからね。セクハラという視点から見れば、性的自己決定の侵害については問題にするけれど、不倫してはいけないということではなく、むしろそれは個人的なことに対して会社が立ち入るべきでないという判断になります。その場合、不倫関係にある二人の性的な噂を立てるといった、加害的なシチュエーションとすれすれになる恐れがありますね。なので、会社側にそういったクレームをする場合は、その二人の不倫関係がどのように自分の業務に差し障っているかということをきちんと説明しなければなりません。個人の道徳感覚を全ての人に押しつけてはいけないということです。そうでないと、なんだか風紀委員みたいな感じで、変ですよね。
■一度目のアプローチでもセクハラになり得る?
YUKO:
すごく細かいことを聞くようですが、なんとなくいいな、と思う異性がいて、たとえば男性側がアプローチをしたとします。そして、それを受け止めた女性はその男性の好意を快く思わない。その一度目のアプローチさえ受け取った側が「不快」と感じてしまえば、それは「セクハラ」ということになるのでしょうか?
河野:
そうした合意確認については、やっぱり最低限のルールはあるでしょうね。それで一気にセクハラと言われたら、ちょっと男もつらいですよね。これは日ごろから女性達がどの程度自己表現をアサーテイヴにできているか、NOをさわやかに言えているか、ということにも関わってきますね。
■アルハラとセクハラの関係
YUKO:
あと、アルコールを飲んでいて「無抵抗」を「合意」と勘違いして、性的関係に陥るケースがよくありますよね。目が覚めたらラブホテルにいて、女性側が「合意の性行為ではない」といっているにも関わらず、男性側が「あれは合意だった」と主張する。準強姦罪のケースとも重なりますけど、こういった場合は、どのように裁かれるのでしょうか?
河野 :
この辺りのこと、裁判になると少し難しいかも知れません。どのように抵抗したのかが、今も問題にされることが多いですから。そしてまた、どのような解決を望むのかということで、やり方が違います。ただ、合意であるかないかは、その当事者のみが決めることであって、それを表現してもいいのです。それ以外に事実はなく、その事実に基づいてプロの人間が法的手続きを行い、その加害者のダメージをどれだけ大きくするかという作戦を練ることになります。但し、法廷などの裁きがすべて真実によって行われる訳ではないし、その結果が芳しくなかったとしても、それで被害はなかったということではありません。
■性被害のダメージ
YUKO :
私もつくづく感じるようになったのですけど、法廷での「裁き」だけが、「裁き」ではなく、「被害者の再生」にもっと目を向ける人が増えて欲しいですよね。そういう考え方を皆が始めれば、きっとセクハラ対策やそのほかの性被害に関わる政策の改革も円滑に進めることができると思います。
河野:
性被害のダメージの大きさが一般にはまだまだ知られていない。
YUKO:
言わないから「無い」んじゃなくて、言えないから出てこないだけ。
河野:
企業や行政の担当者でも、大きなセクハラ事件の解決に一度でも直接かかわった人は、性被害の痛みを身に染みています。そういう良心的な、というか、ものすごい大変なセクハラケースに関わったことのある担当者は、性被害のダメージをよく理解しているから、セクハラ防止に一生懸命になってくれています。これが捨てたもんじゃないと思うところかな。
■加害者、被害者にならないために
YUKO:
加害者にならないための対策と被害者にならないための対策を教えていただけませんか?河野:
加害者にならないため、これは結構難しいですね。加害者になりそうな人は、やっぱりどこかで失敗するし、それが少しずつ明らかになりつつあります。セクハラ加害は、DV加害と同じで性的な衝動が動機ではなくて、支配とコントロールの問題だと思っています。自分の弱さやフラストレーションが動機で、誰かを自由にする、思い通りにすることによって自分の強さや男らしさを補償せざるを得ない人が加害者には圧倒的に多いのです。
YUKO :
精神的に弱いヒトが多いですよね、性加害者には。
河野 :
だからこそ、普段から自分がどのように人から思われているのかに敏感で、相手が何を感じているのかに気持ちをちゃんと向けられるような、コミュニケーションスキルが必要です。そして、もしもセクハラだと誰かから言われた時には、素直に謝れること、認められること、そして自分が変われること。これをできない人が、最高裁の被告席で「セクハラではありません」などとやっています。
YUKO:
ものすごく頷けますね・・・。
河野 :
被害にあわないためには、女性が変に縮こまって、セクシーな服を着てはいけないなどということでは断じてありません。ただし、自分が誰といつどのような性行為をしたいのか、自分で決めて表現できる女性になることです。もちろん、ノンバーバルな空気やセクシュアルな楽しさは当然大事にするのだけれど、相手に気遣って言えないという関係を変えていく勇気がいると思います。また、自分が他の人と関わる時にはできるだけ率直にありのままで関われるよう、周囲や職場の人間関係を常に風通しよくしておく。そんなところでしょうか。そして、もし被害にあったとしたら、自分の感じたことをそのまま受け止めて支えてくれる人をまずは探すことです。必ずいますから。
YUKO:
それは、すごく大切なことですよね。ただ、そう思っていても、途中で探すのをあきらめてしまう人や二次被害に苦しめられる人があとを経たないのも現実です。万が一被害に遭った時に、どこに行けばいいのか、誰を頼ればいいのか、そういったことを行政や企業側がより広く、より安心してもらえるように伝えていく努力も必要ですね。
■セクハラに労災認定
YUKO:
今後のセクハラ対策にも深く関わってきますが、来年1月から行われる均等法の改正で、ここ最近で何か大きなニュースはありましたか
河野 :
今、均等法の議論大詰めで、6~7割方うまく進んでいるようです。ものすごく画期的なことが、つい最近ありました。厚生労働省から通達が出て、セクハラによる精神的な障害について、労災認定することが確認されました。
YUKO:
それはすごいっ!
河野 :
これはもともとできるはずのものが、担当者レベルで公然と撥ねられたり、地方で突き返されたりするのが実情だったのです。その事実が突きつけられ、12月はじめに通達が出されたのです。
YUKO:
セクハラによる精神的な障害に労災認定が行われるようになれば、企業も経済的、社会的プレッシャーがかかるから、防止策に力を注ぎ込むようになるでしょうね。
河野 :
均等法に関しては来年の1月国会に出されるので、市民としての後押しは議員などに「関心を寄せている」と言うことになります。また均等法改正が一段落したら、バックラッシュともかかわってきます。女性センターの相談業務に現在は根拠法がなくて、このまま財政改革とかで潰されてしまうかもしれないという問題も。今後、性被害全般、女性をめぐるメンタルヘルス全般、などなど、大きな流れの中でやらなければならないことが山積みです。
YUKO:
そのためにも、性被害のダメージの大きさを今一度伝えていく必要がありますね。本日はどうもありがとうございました。