2005年12月31日 (土)

プロローグ

私はフェミと呼ばれることが大嫌い。

女である自分が、フェミニストとして声を荒げる必要がないほど
世の中の男が皆、フェミニストとなってくれることを常日頃から期待している。

だから、フェミと呼ばれるたびにどこか虚しさを感じるのだと思う。

性被害の痛みを訴えることが、馬鹿フェミと呼ばれる根源だというのなら、
お前はしょせんエゴシストだろと鼻で笑ってやりたい男は山ほどいるし、
そしてそういう男に依存することでしか自分を維持できない女の残骸も山ほど目にしてきた。そして、もちろん、その逆のケースもたくさん見聞きしてきている。

モテブームだ、萌えブームだと世間がなにかと浮き足立ちたがるのは、
結局のところ、個々に抱えている漠然とした不安や孤独、罪悪感というものを
一時のお祭り騒ぎでごまかしたいだけで、

男と女が一生愛し合うことができて、互いに幸せになれる普遍的なルールなんて、
本当はどこにも存在しないことを誰もが知っているはずである。

だからこそ、男と女の関係は愛おしいのであり、、
私達はさまよいながらも、互いに求め合い、欲し合うことができるのだと
私自身は考えている。

人を傷つけずに暮らすことも、
自分を傷つけずに暮らすことも
そんなことは到底無理で、

相手の本心や痛みに触れようとすればするほど、
自分自身の弱さや痛みを突きつけられるはめになる。

誰の心にも支配欲というものは存在し、
人の世が、支配とコントロールのシーソーゲームで
雁字搦めに縛り付けられていることは分かりきったことで、

その象徴でもある『性被害劇場』という小劇は、
学校や職場、そして一番密接なコミュニティーである家庭という現場で、
今、この瞬間もひっそりと繰り広げられている。

俺は、加害者になるはずもないから。
私は、未だ被害に遭ったことがないからと
関係ない、興味がないと耳を傾けない人間も少なからずいるけれど

本当にそうなのだろうか?

ただ見て見ぬふりをし続けてきただけで
堅苦しいこと、気まずいことには耳を塞ぎたいだけであって、

ある時は、加害者で
ある時は、被害者。

そんな自分を、直視したくないだけではないだろうか?

・・・関わることより、自覚することより、無視することや通り過ぎることのほうがよっぽど楽だから。

これから私が話すことを、「フェミニストの話だから」という気持ちで読むのなら、読んでくれるな、と思う。そういう読者は、たぶん、私の書くものとは相性が合わないだろうし、読んでもらっても時間の無駄になると思う。

しかしながら、もし、あなたが一度でも男と女、もしくはパートナーとの関係につまずいたことがあったり、相手を傷つけるつもりはないのに傷つけてしまったことがあったり、または相手が自分を傷つけるつもりはなかったとわかっているのに、
不意に傷ついてしまった経験があるというのなら、是非読んでほしい。

私はフェミとしてでも、一性被害者としてでもなく、
一人の女として、一時はひどく男を毛嫌いし、
そしてまた再び男を愛することのできるようになった女として、

これから男と女が共に心地よく暮らしていける社会というものを、
少しでも多くの人間と考えて、築き上げていきたいと思っている。

それが時に、幻想のように思えたとしても、
いろんな壁にぶつかりながらも、諦めたくはないと思う。

男と女が一生愛し合うことのできる普遍的なルールが存在しないとしても、
男と女が互いに幸せになれる変動的なルールを追い求めることができたら、それが私の本望だ。

そういうわけで、これから書く内容のテーマ、そして2006年のテーマは、

"Fuckin' backlash"

…2005年のツケは、2006年で明るく楽しく挽回しよう。

「過激な性教育」の定義がアンニュイ過ぎて、
私にはいまいちその意味が理解し切れない部分も多いのだけれど、

「過激な情報操作」の波に沈められないよう、ちっぽけながら、
自身の声を晒していきたい。

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ミッション

ここではっきりしておきたいのは、3年近く性被害に固執して、ネットで綴り続けてきた、
私自身の今のポジションである。

自分自身、性被害やハラスメントについて語ることは、正直もういい加減やめにしたいと思っている部分もある。現に私は、今まで何度も筆を止めてきているし、何を語っても通じないのではないかと凹むことのほうがよっぽど多い。

性被害やハラスメントを語ることは、
それだけ自分や他者を傷つける要素を多く含んでいるし、
個々で違う感覚や価値観の違いに悩まされることも多いから。

私自身、今までいろいろな人間を不本意に批判してきたり、
逆に全く私が知り得ない人間から心無い言葉を投げつけられたり、
ネットという顔の見えないコミュニティーの中だけでも、
ずいぶんといろいろな醜い人間模様を垣間見てきた。

それがリアルの世界になるとなおさらで、言葉がなくても通じ合える人間と、
いくら言葉を投げかけても通じ得ない人間のギャップに悩まされ、
自分が言葉が通じ合える人間とだけ付き合っていくことができたら、
この世の中、どんなに楽だろう、と思うときも多々あった。

もちろん、現実を考えたら、そんなことは決してできることではないけれど。
しかしながら、つくづくそう願う機会は、
自分の知識や行動範囲を広げれば広げるほど増えていくものである。

ただ、だからこそというべきか。

私はできるだけ自分と相反する人間の意見に耳を澄ましたいと思うし、
全部じゃなくても、公の、表面的な言葉だけでは到底知り得ることのできない、
個々の心の中にひっそりと隠されている痛みや葛藤、コンプレックスと向き合っていきたい。

なぜなら、未だ私が書き続けている一番の原動力は、一時は到底分かり合うことなどできないと諦めかけていた、自分とは相反する立場や物の考え方をする人間の琴線に触れることで、少しずつでも理解し合えたと感じられる瞬間がたまらなく好きだからだ。だからこそ、日々悩みながらも、それをさらにできるようになるにはどうしたら良いか?といつも思いを巡らしている。

しかしながら、そんな私の思いとはうらはらに、国も自治体も企業も、有識者である人間、または型にはまった人間の話は聞くが、少しでも「非社会的である」「常識的ではない」「一般的ではない」と判断された人間の意見は「黙殺」もしくは「排除」し、無菌室の中だけで政を決めていこうとする節がある。

それはとても怖いことで、実際そういう場面に直面すると、
誰のための法なのか、誰のための社会なのかと卑下せざるを得なくなる。

当事者の声がないのではない。
自分の権力を誇示するために、批判されたくない人間が、
自分が批判されないために当事者の声を黙殺しているだけに過ぎない。

それもまた、人の弱さ、国の弱さだと思う。

誰かのせいにしたり、何かのせいにすることで、表面上は一掃されたように見えても、
人の心の中にある闇は複雑で、早々消えるものではなく、

だからこそ、誰かのせいにしたり、何かのせいにするのではない、
シンプルに自分の中の思いやりや誠意といった、ごく身近な温かい気持ちを持って
性被害やハラスメントの問題と向き合う意識改革が必要なのだと思う。

正直、つくづく戦うことには疲れている。
でも、戦い続けない限り、自分の傷も人の傷も、
結局のところ癒せないのだ。

だからこそ、少しの時間でもいい。悪者探しは一旦休止して、共に穏やかな気持ちで
性に関する様々な柵や問題と向き合ってほしい。

だってこれは、社会の問題である以前に、「私」や「隣りの誰か」に関わることなのだから。

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LESSON1 ハラスメントの意味

まず最初に触れたいのが「ハラスメント」という言葉の意味である。
この言葉を聞いて、すぐに「セクハラ」を思い浮かべる人は多いと思うけれど、実際、「ハラスメント」という意味自体をよく理解していない人は意外と多い。それによって引き起こされている誤解や神話も数多くあるので、ここで今一度、ハラスメントの意味を確かめたい。

二つの代表的な英英辞典よりハラスメントの意味を抜粋。

harassment [uncountable]
when someone behaves in an unpleasant or threatening way towards you:
African-Americans have been complaining about police harassment for years.

ハラスメント〔同義語:不快〕
他者に対して、不愉快、もしくは威嚇的な態度を取ること

(参照:Longman Dictionary of Contemporary English ONLINE)

harass
1 a : EXHAUST, FATIGUE b : to annoy persistently
2 : to worry and impede by repeated raids

ハラス
1a :疲れ果てさせる、疲労させる b: しつこく不快なことをする
2 繰り返し行われる奇襲によって、嫌な思いをさせたり、活動を妨げること。

(参照:Merriam-Webster Online Dictionary)

ここで覚えておいて欲しいのは、元来、ハラスメントとは、
その行為を行った側の心情とは関係なく、あくまでその行為を受けた側の心情の定義である、ということだ。

つまりのところ、自分が全く悪気がなく、相手の了承や合意を得た上で行っていると思い込んでいた行為でも、相手がそれを「不快」と感じていたのなら、それはハラスメントと言えるのだ。

だからこそ、ハラスメントは、誰もが加害者になったり、被害者になり得る、
最も身近な犯罪のうちのひとつなのである。

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LESSON2 ハラスメントの種類

職場や学校で行われるハラスメントの種類には、大きく分けて5つある。

①セクシャルハラスメント
②ラブハラスメント
③パワーハラスメント
④モラルハラスメント
⑤アルコールハラスメント

ここでは、この5つの定義を順に説明していこう。

①セクシャルハラスメントの定義
相手方の意に反して、性的な性質の言動を繰り返し行い、それに対する反応によって、仕事や学業を続けるうえで一定の不利益を与えたり、就業環境を著しく悪化させること。セクシャルハラスメントには、職場や学校などの上下関係を利用し、下位にあるものに対して継続的に性的な言動や行動を繰り返す対価型セクハラと、職場で異性が不快と感じる性的なカレンダーやポスターを貼ったり、性的な冗談、容姿、身体などの会話を続けたり、嫌がっているにも関わらずジロジロ見たりする行為を指す環境型セクハラがある。

②ラブハラスメントの定義
恋愛・性行為の有無をしつこく聞いたり、もしくは恋愛経験の少ない人間は、人格的・精神的に劣っているという言動を浴びさせる行為。こういった言動の背景には「結婚をしてこそ一人前」「女の一人もいない奴は満足な仕事ができない」等のジェンダーに関わる既成概念がある。

③パワーハラスメントの定義
職権などのパワーを背景にして、本来の業務の範疇を超えて、継続的に人格と尊厳を侵害する言動を行い、就業者の働く関係を悪化させ、あるいは雇用不安を与えること。 日本では主に、リストラが目的の退職に追い込むためのハラスメント行為と心理的に追い詰められた上司による問題行動としてのハラスメント行為の2パターンがよく知られている

④モラルハラスメントの定義
いわゆるいじめ行為。言葉や態度、身振りや文書などによって、学校に行ったり、働く人間の人格や尊厳を傷つけたり、肉体的、精神的に傷を負わせて、その人間が職場や学校を辞めざるを得ない状況に追い込んだり、職場や学校の雰囲気を悪くさせることである。

⑤アルコールハラスメントの定義」
アルコール飲料に絡む嫌がらせ全般を指す言葉で、飲酒の強要、イッキ飲ませ、意図的な酔いつぶし、飲めない人への配慮を欠くこと、酔ったうえでの迷惑行為の5つを指す。

上記した5パターンあるハラスメントの特徴として、どれか一つのハラスメントというよりは、相互的なハラスメントが行われているケースのほうが極めて多いということだ。

これをもう少しわかりやすく説明するために、以下のような言葉に置き換えてみる。

A.セクシャル・・「性的な」
B.ラブ・・「個人的な恋愛・性行為に関わる」
C.パワー・・「上司からの」
D.モラル・・「自己愛的な」
E.アルコール・・「アルコール絡みの」

ハラスメント・・「自分の意に反した、不快にさせられる行為」

たとえば、酒の席で、酔っ払った上司から「最近、男はどうなの?」と、自分が不快であるにも関わらず聞かれた場合は、「性的な」「個人的な恋愛・性行為に関わる」「上司からの」「アルコール絡みの」「自分の意に反した、不快にさせられる行為」となり、これは「セクシャル」「ラブ」「パワー」「アルコール」ハラスメントと言えることができる。また、女性社員が一定の男性を指して「あの人、絶対童貞そう」なんて噂をする行為も、「ラブ」「モラル」ハラスメントとなる。

こうして考えると、ハラスメントは、男女の性差関係なく、誰でも自覚なしに加害者や被害者となり得る行為であり、だからこそ、男と女、雇用する側される側の、細心の注意や配慮が問題解決の鍵となってくるのである。

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LESSON3 なぜハラスメントは起きるのか

「彼女との行為は、合意の下でした」

これはセクハラに代表されるハラスメント行為で告発される人間の多くが口にする言葉である。彼ら、もしくは彼女達の中では、罪を犯している、もしくは嫌がらせを行っていたという自覚がないケースのほうが圧倒的に多い。

なぜハラスメントが起きるのかを考えるときに、一番留意しなくてはいけない点は、「自分と他者の感覚や価値観の違い」である。

以下に、ハラスメントの原因となり得る要素を列挙しておく。

1.職場や学校においても性の観点、自己の固定概念から見がちなため。

2.性的な言動、自己愛的な言動の受け止め方が、男性/女性、もしくは自分/他者で同じだと思い込んでいる。

3.容姿、年齢、結婚、妊娠、恋愛経験、性体験等を話題にすることを嫌がる他者の存在に対する無頓着。

4.なにかと酒の席でコミュニケーションを取りたがる社会的、歴史的背景。

5.経営者自身が性差をもって人材を配置する現状。

6.ハラスメントに対する会社や学校の方針がある場合も、管理職や同僚に意識啓発が十分浸透していない。

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LESSON4 ハラスメント被害の対処法

実際に遭ったハラスメント被害の問題解決には、何よりも証拠集めが重要である。但し、周囲の人間には相談できない、私にも否はあったのではないかと思い悩むあまりに、自分自身の手だけで全てを処理しようとして、かえって状況を複雑化、もしくは深刻化させてしまってから第三機関を訪れるケースがあとを絶たないので、できるだけ早い段階から、プロの力を借りることをおすすめする。

ハラスメント被害の対処は、証拠集め、加害者に対する拒否表示、第三機関への相談、法的手続きの順で行う。

1.証拠集め

・日時
・場所
・誰に、何を
・目撃者の有無

等について、できるだけ詳しいメモを取る。詳しいメモを残しておかないと、
法的な手続きに支障が出てくる場合がある。

証拠として重要となってくるもの

相手からの手紙・プレゼント
会話録音テープ・メール
被害者の日記・メモ
医師の診断書・鑑定書

同じ行為者からの被害者
目撃者

2.可能であれば加害者に対して、明確な拒否表示をする。

なかなか難しいことではあるが、裁判所や第三者機関での争いになったときに、
行為者が被害者の拒絶の意志がなかったと言い逃れするケースが多いのでそれを防ぐ。

但し、無理をすると「自分が拒否をしなかったから」と自分を責めてしまう場合も多いので、負担が重い場合は、いち早く第三者機関に相談する。

3.第三者機関への相談

第三者機関とは、行政の相談窓口や私設の法律事務所、行政書士事務所、カウンセリングルーム、職場・学校に設置されている窓口等。職場や学校の窓口に相談しても事態が改善されない場合、雇用者責任を問うことができる。また、取引先の相手にハラスメントを受けた場合でも、ハラスメントを行った本人に対しての不法行為責任追及と、その相手の会社に対しての雇用者責任追及ができる。

また、会社・学校・窓口に内容証明を送るという方法でも可能。

4.加害者に対して法的な責任を追及する

「慰謝料請求」もしくは「刑事告訴」が可能。但し、ハラスメントの認定は非常に難しく、また加害行為を行った人間がそれをなかなか認めないことが多いため、プロに相談したうえで、法的書類の作成等を行うのが望ましい。

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2006年1月 1日 (日)

Lesson 5 インタビュー

supported by 河野和代(フェミニストカウンセラー)

■セクハラの定義

YUKO:
もう訊かれ飽きているとは思うのですけど(笑)、セクハラの定義を教えてください。
河野:
セクハラは、セクシュアルハラスメント。性的嫌がらせと訳されることが多いです。そして、この「嫌がらせ」というのがくせ者で、強制猥褻などを「いたずら」というのと同じように、この性的嫌がらせも性的脅迫に近いものであると解釈するのが良いでしょう。
YUKO:
その性的脅迫に関してですが、何を不快と思い、どこまでを許す、と感じられるかは個々で違うじゃないですか。それを見定めるのは通常の男女関係においてもなかなか難しいですよね。欧米では、既に「セクハラは労働の生産性を妨げる」ものとしてだいぶ厳しく規制されるようになってきていますが、なぜ、日本はこれだけセクハラという言葉が一般化しているにも関わらず、なかなかこういった改革が進みにくいのでしょうか?
河野:
ハラスメントという言葉そのものの曖昧さもありますが、セクハラの定義の解りにくさは、日本における「セクシュアル」な事柄に対しての人権擁護意識の希薄さが非常に影響しています。例えば、「職場でおばさんと呼ばれる」のもセクハラで「上司に繰り返し性行為を強制される」のもセクハラです。この被害の濃淡の大きさが、セクハラの解りにくさを大きくしているとよく感じます。

■セクハラと社内恋愛の違い

YUKO:
ラブハラスメント、という言葉も最近ではよく耳にするようになりましたが、、多くの人にとって、社内恋愛とセクハラ、不倫とセクハラの境、というのはなかなか分かりにくいと思うのですが、この辺の違いについてはいかがですか?
河野:
セクハラと社内恋愛の一番大きな違いは、性的自己決定があったかどうかです。ただし、これに関しては、普通の恋愛の中でどうやって性行為の合意を取っているかという文化的な問題も絡んできます。いろいろな申し出がある中で、性被害かどうかを判断するには、その人がその性的行為をしたかったか、したくなかったかということに尽きると思います。行為をした側がプライベートな関係だと思っていても、その行為を受けた側がセクハラだと訴えることはよくあることです。その対人関係の中で、力関係が存在する場合はなおさらです。(これは単に地位の上下ではなく、その人とのトラブルによって何かで不都合が生じるような関係を全て含みます)

■セクハラとパワハラの関係

YUKO:
つまり、たとえば上司と部下の関係である場合、上司から部下が何か言われてもなかなか断れないということは性的なこと以外でも多いですし、何を合意ととって、何を合意ととらないかは、加害者と被害者の間で大きな差があるということですよね。
河野:
うん、その通り。
河野:
セクハラの概念が導入されて大きく変化したのは、そこでしょうね。その場合に力の弱い方、地位が低い方、男性と女性であれば女性の方の意見を大事にしなければいけません
YUKO:
とはいえ、実際のところ、たとえば上司や取引先の男性からお酒に誘われて、「嬉しいのですが」「あいにくですが」「残念ですが」等々、あいまいな断り方をする女性のほうが、圧倒的に多いと思うんですよ。それを言われた側は「自分の誘いを不快と感じたのではなく、本当に忙しいのだろうな」と勘違いしてしつこくしつこく誘う、と言うケースもありがちだとは思うのですが。
河野:
そう言われて断られたにも関わらず、誘った側が誤解をするというのは完全にアウトです。だって、後々、公の場で争うことになった時に、なぜ曖昧にしか断れなかったかを被害者側が説明することができるでしょう?ただ、それをきちんと問われる場を(裁判などで)設定するかどうか、できるかどうかが大きな鍵となりますが。

■セクハラの要因

YUKO:
企業によっては、食事に行くには3人以上とか理由もないのに個別に食事に誘ってはいけないなど、ポリシーを設けているところもありますが。
河野:
ただね、大学なんかでも学生と二人きりになる時にはドアを閉めないようにとか、べからず集的なセクハラ対策をしているところもあるけど、それではなかなか解決しません。まず、一番の問題は女性の働きにくさです。また、大学などの環境を見てみても、同じようなことが言えます。性的な対象とされることと、違って扱われること。このふたつがセクハラの大きな要素です。
YUKO:
性的な対象とされる、ということは、具体的にどういうことですか?
河野:
元来、日本などでは男女がどう関わり合うかという事自体に大きな問題があります。個々で違う感覚や価値観、既成概念を学校や職場に持ち込んだところで何も問われない、という状況がずっと続いていました。そういった状況を打開するために、法律の文言として初めて制定されたのが、99年改正均等法(セクハラ自体の日本での認識は80年代後半だけど、法律の文言ではなかった)。それから、そういった問題の根源は、もっと親密な、たとえば夫婦間や交際中の男女間の関わり合いの中にあるのではないか?という議論の輪が徐々に広まっていき、それからようやく性被害やDVなどがやっと注目されるようになりました。つまりのところ、現時点では、被害者がようやく被害を口にできるようになったばかりで、そういった意味ではまだ途上なのですね。

■性行為の分別
河野:
もともと性行為そのものに、働きというか、意味の違いのようなものがあり、ほぼ五つの意味に分けることができるのですね。それが、生殖の性、快楽の性、親密さの性、暴力・支配の性、経済行為の性です。
YUKO:
経済行為の性、というのは具体的にどのようなことですか?
河野:
売買春、ポルノなど、価値判断は置いておいて、実際に性そのものがそのように扱われる場があるということです。前に上野千鶴子さんが、河合隼夫氏が「売春したら魂が汚れる」と言ったことに対して、「女性にとっては経済行為であり、性的な行為ではない。それなのに魂が汚れるというのは、それを性行為として行っている側でしょう?」という明快な反論がありました。この辺のことは、分けて考えなければわからなくなりますからね
YUKO:
日本では特にキャバクラやホステスクラブの「経済行為の性」が発展しているせいか、職場内でも(元来プライベートで楽しむべき)キャバクラ嬢に対する発言と同等の発言を、部下に対して行っている人達が依然として多いと思うのですけど、そういうことでしょうか?
和代 の発言 :
そうそう、その通り。

■国内と欧米の報酬システムの比較
YUKO :
そういう現状が多いのは、自分が雇用者だったり、上司だったりすると、「金を払ってやってるのは俺だ」という気になる人が多いからなのでしょうか?
河野 :
そうだと思います。ただ、私はそれって横領ではないかと思います。だって、会社で得ている権力や時間を使って、非常に個人的な自分の欲求を満たすわけでしょう?そうであるとするならば、元来、背任や横領とかに値するから、それが会社で問題になるはずだけど、そうではないのよね。そうなると、どこまでそういう認識があるのか、今度は何が普通かという問題にまた戻ってきます。
YUKO :
ああ、なんとなく見えてきましたね。たとえば欧米の企業などで働く場合は、契約するときに自分の仕事内容を事細かにチェックしますよね。それに見合った報酬を雇用主と労働者が交渉することになるので、契約書もやたら厚い。で、それ以外の仕事をしろと言われたら、「じゃあ、給料あげてください」と労働者側から申し立てすることも珍しくありません。
なので、たとえば「馬鹿野郎」と怒鳴られた場合やむやみやたらにセクハラ発言された場合、その論理を使うとするならば、「怒鳴られ賃」や「セクハラ賃」を追加請求しても良さそうなものですが(というより、その前に名誉毀損で訴えられたり、刑事告訴されるケースのほうが現実としては圧倒的に多いと思いますが)、なかなか日本ではそうはいきませんよね。
河野:
その通りですね。
YUKO の発言 :
その感覚の違いも、日本のセクハラ対策の遅れに影響しているのでしょうか?

■不倫とセクハラの違い

河野:
不倫とセクハラの違いですけど、例えば、一つの事例として、ある時期までは不倫をしていたのだけれど、上司が部下に振られて、部下に嫌がらせをして働きにくくさせたというケースも、立派なセクハラになるんですよ。
YUKO:
そういったケースはよく耳にします。大抵部下の方が根負けして会社を去ってしまう場合が多いと思いますが。
河野:
性行為については、一回ヤったらいつもヤっていいというのは大間違いです。
YUKO :
あと、例えば、上司がある部下と不倫することで、その周りにいる人間が仕事がしにくくなる心理状態に陥ることもよくあるじゃないですか。生理的に嫌、とか、許せないとか。そういった場合は、その二人の不倫関係は、「嫌だ」と感じた人間に対するセクハラ行為となるのでしょうか?
河野:
そのケースは難しいですね。もちろんそれは環境的な問題として出てくるのですけれど、その一方で、セクハラ禁止は不倫禁止ではないですからね。セクハラという視点から見れば、性的自己決定の侵害については問題にするけれど、不倫してはいけないということではなく、むしろそれは個人的なことに対して会社が立ち入るべきでないという判断になります。その場合、不倫関係にある二人の性的な噂を立てるといった、加害的なシチュエーションとすれすれになる恐れがありますね。なので、会社側にそういったクレームをする場合は、その二人の不倫関係がどのように自分の業務に差し障っているかということをきちんと説明しなければなりません。個人の道徳感覚を全ての人に押しつけてはいけないということです。そうでないと、なんだか風紀委員みたいな感じで、変ですよね。

■一度目のアプローチでもセクハラになり得る?

YUKO:
すごく細かいことを聞くようですが、なんとなくいいな、と思う異性がいて、たとえば男性側がアプローチをしたとします。そして、それを受け止めた女性はその男性の好意を快く思わない。その一度目のアプローチさえ受け取った側が「不快」と感じてしまえば、それは「セクハラ」ということになるのでしょうか?
河野:
そうした合意確認については、やっぱり最低限のルールはあるでしょうね。それで一気にセクハラと言われたら、ちょっと男もつらいですよね。これは日ごろから女性達がどの程度自己表現をアサーテイヴにできているか、NOをさわやかに言えているか、ということにも関わってきますね。

■アルハラとセクハラの関係

YUKO:
あと、アルコールを飲んでいて「無抵抗」を「合意」と勘違いして、性的関係に陥るケースがよくありますよね。目が覚めたらラブホテルにいて、女性側が「合意の性行為ではない」といっているにも関わらず、男性側が「あれは合意だった」と主張する。準強姦罪のケースとも重なりますけど、こういった場合は、どのように裁かれるのでしょうか?
河野 :
この辺りのこと、裁判になると少し難しいかも知れません。どのように抵抗したのかが、今も問題にされることが多いですから。そしてまた、どのような解決を望むのかということで、やり方が違います。ただ、合意であるかないかは、その当事者のみが決めることであって、それを表現してもいいのです。それ以外に事実はなく、その事実に基づいてプロの人間が法的手続きを行い、その加害者のダメージをどれだけ大きくするかという作戦を練ることになります。但し、法廷などの裁きがすべて真実によって行われる訳ではないし、その結果が芳しくなかったとしても、それで被害はなかったということではありません。

■性被害のダメージ

YUKO :
私もつくづく感じるようになったのですけど、法廷での「裁き」だけが、「裁き」ではなく、「被害者の再生」にもっと目を向ける人が増えて欲しいですよね。そういう考え方を皆が始めれば、きっとセクハラ対策やそのほかの性被害に関わる政策の改革も円滑に進めることができると思います。
河野:
性被害のダメージの大きさが一般にはまだまだ知られていない。
YUKO:
言わないから「無い」んじゃなくて、言えないから出てこないだけ。
河野:
企業や行政の担当者でも、大きなセクハラ事件の解決に一度でも直接かかわった人は、性被害の痛みを身に染みています。そういう良心的な、というか、ものすごい大変なセクハラケースに関わったことのある担当者は、性被害のダメージをよく理解しているから、セクハラ防止に一生懸命になってくれています。これが捨てたもんじゃないと思うところかな。

■加害者、被害者にならないために

YUKO:
加害者にならないための対策と被害者にならないための対策を教えていただけませんか?河野:
加害者にならないため、これは結構難しいですね。加害者になりそうな人は、やっぱりどこかで失敗するし、それが少しずつ明らかになりつつあります。セクハラ加害は、DV加害と同じで性的な衝動が動機ではなくて、支配とコントロールの問題だと思っています。自分の弱さやフラストレーションが動機で、誰かを自由にする、思い通りにすることによって自分の強さや男らしさを補償せざるを得ない人が加害者には圧倒的に多いのです。
YUKO :
精神的に弱いヒトが多いですよね、性加害者には。
河野 :
だからこそ、普段から自分がどのように人から思われているのかに敏感で、相手が何を感じているのかに気持ちをちゃんと向けられるような、コミュニケーションスキルが必要です。そして、もしもセクハラだと誰かから言われた時には、素直に謝れること、認められること、そして自分が変われること。これをできない人が、最高裁の被告席で「セクハラではありません」などとやっています。
YUKO:
ものすごく頷けますね・・・。
河野 :
被害にあわないためには、女性が変に縮こまって、セクシーな服を着てはいけないなどということでは断じてありません。ただし、自分が誰といつどのような性行為をしたいのか、自分で決めて表現できる女性になることです。もちろん、ノンバーバルな空気やセクシュアルな楽しさは当然大事にするのだけれど、相手に気遣って言えないという関係を変えていく勇気がいると思います。また、自分が他の人と関わる時にはできるだけ率直にありのままで関われるよう、周囲や職場の人間関係を常に風通しよくしておく。そんなところでしょうか。そして、もし被害にあったとしたら、自分の感じたことをそのまま受け止めて支えてくれる人をまずは探すことです。必ずいますから。
YUKO:
それは、すごく大切なことですよね。ただ、そう思っていても、途中で探すのをあきらめてしまう人や二次被害に苦しめられる人があとを経たないのも現実です。万が一被害に遭った時に、どこに行けばいいのか、誰を頼ればいいのか、そういったことを行政や企業側がより広く、より安心してもらえるように伝えていく努力も必要ですね。

■セクハラに労災認定

YUKO:
今後のセクハラ対策にも深く関わってきますが、来年1月から行われる均等法の改正で、ここ最近で何か大きなニュースはありましたか
河野 :
今、均等法の議論大詰めで、6~7割方うまく進んでいるようです。ものすごく画期的なことが、つい最近ありました。厚生労働省から通達が出て、セクハラによる精神的な障害について、労災認定することが確認されました。
YUKO:
それはすごいっ!
河野 :
これはもともとできるはずのものが、担当者レベルで公然と撥ねられたり、地方で突き返されたりするのが実情だったのです。その事実が突きつけられ、12月はじめに通達が出されたのです。
YUKO:
セクハラによる精神的な障害に労災認定が行われるようになれば、企業も経済的、社会的プレッシャーがかかるから、防止策に力を注ぎ込むようになるでしょうね。
河野 :
均等法に関しては来年の1月国会に出されるので、市民としての後押しは議員などに「関心を寄せている」と言うことになります。また均等法改正が一段落したら、バックラッシュともかかわってきます。女性センターの相談業務に現在は根拠法がなくて、このまま財政改革とかで潰されてしまうかもしれないという問題も。今後、性被害全般、女性をめぐるメンタルヘルス全般、などなど、大きな流れの中でやらなければならないことが山積みです。
YUKO:
そのためにも、性被害のダメージの大きさを今一度伝えていく必要がありますね。本日はどうもありがとうございました。

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